空の玄関・千歳
北海道旅行で羽田から約一時間、北海道への空からの玄関、「札幌千歳空港」などという名で呼ばれています。
アメリカ兵の大きな靴跡がここに記されたのは、敗戦の年の十月五日、とくに二十六年オクラホマ州兵団一万五千が来てからは、「日本のオクラホマ」などといわれ、街の看板のほとんどが横文字になり、人間のジャングルとか、西部劇の街、北の立川ともいわれて、ここでは日本人は人問としての権利もあやしい時代がありました。
昔はシコッといったところであったが、シコツとは死骨を連想し、しかも太平洋岸にでたところにユーフツ(勇払)があって、死骨・有仏ではあまり縁起がよくないというので、文化年間二八〇四~一八一八)徳川幕府が蝦夷地を直轄したときにハ当時この付近の湿原にも、たくさん丹頂鶴が生息していたので、鶴は千年の古事にあやかって千歳と改めたもので、北海道の奥地の地名に漢字を当てた最初です。